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「お月さま、ちょっといい話」(by 植木不等式)
その2――「月がチーズで出来ていたなら」
 
 欧米に「月はチーズで出来ている」という言い伝えがある。童話の題材にもなっている。『セサミ・ストリート』で、クッキー・モンスターが月を巨大なクッキーだと思いこみ、「食いに行きたい」と悶えるエピソードがあるが、それも「月チーズ伝説」のバリエーションのひとつかもしれない。
  文献的には、こうした物言いは、英国の詩人・劇作家だったジョン・ヘイウッドが1546年に著した『俚諺集』の中にある「月はグリーン・チーズで出来ている」という一節が、最古のものであるらしい。
  ただし当時の人々が、実際に月がチーズだと信じていた、というわけではないという。この言い回しはもともと、現代の私たちの「そんなバナナ」なんて言い方と似て、あまりにもバカげている、ということを優雅に(?)言い換えたものだったと考えられている。
  ではなぜこうした言い回しが選ばれ、好まれ、定着したのか。それについては、英語・英文化史についてきちんとした学識を持つ碩学に教えを乞いたいところである。
  ちなみに「グリーン・チーズ」は、当時の用法もそうだったかは知らないが、若い熟成前のチーズをいう。それ以上の、月チーズ説における基礎データはないのだが、これに基づいて「もしも月がチーズだったならば」という惑星物理学・食品化学的な試算をした人がいる。
  まず、チーズの比重は岩石よりも小さいので、地球の六分の一という重力を持つためには、直径が現在の月の約45%増しでないといけない。そしてそれだけの量のチーズが集積した場合、主成分のカゼインと水の分離がただちに始まり、最終的には炭素のコアと、約400キロメートルの深さを持つ水圏、そしてエタンおよび窒素からなる大気圏を持つ天体となるだろう……もうチーズではないなあ。
  すなわち、今日の天文学は、スペクトルの分析などから遠い宇宙空間にアルコールが存在していることを突き止めているが、適切な「おつまみ」は発見できていないのである。
  ちなみに前記の『セサミ・ストリート』では、月を食いたがるクッキー・モンスターをなだめるために、「専門家」がスタジオに招かれた。バズ・オルドリンその人なのだが、彼は月が岩石で出来ている、といった解説に続けて、こんな風に語りかける。
「たとえクッキーじやなかったとしても、見上げるあの月は、あんなに美しくて、そしてエキサイティングじゃないか」
  クッキー・モンスターは最後に納得する。そうだよね、月を食べちゃったら、もうボクらを照らしてくれるあの光がなくなっちゃうんだもんね。
  月を「食い物」にしちゃあいけない。いろんな意味で。
 
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