本書は、The Skeptic's Dictionary: A Collection of Strange Beliefs, Amusing Deceptions, and Dangerous Delusions (New York: Wiley, 2003) の全訳である。
本書の内容は、月に百五十万件近くのアクセス数を誇るアメリカのウェブ・サイト「懐疑論者の事典」(http://skepdic.com)の主要約四百項目を、アイウエオ順にまとめたものである。
著者ロバート・トッド・キャロルは、一九四五年カリフォルニア州サンディエゴ生まれ、一九七四年カリフォルニア大学サンディエゴ校大学院哲学研究科博士課程修了。一九七七年よりサクラメント市立大学哲学科講師となり、二〇〇七年五月に退職、現在は同大学名誉教授である。
彼は長年にわたって、「哲学入門」「論理的思考法」「超自然現象を批判的に考える」などの一般教養科目を大学で担当してきた。一九九四年、彼はまったくの初心者や学生の論理的・批判的思考法の向上に少しでも役立つようにと、非論理的な虚偽や非科学的な詐称の解説五十項目を中心としたサイト「懐疑論者の事典」を開設した。
それが、現在のように五百項目を超える「世界の懐疑論者のオアシス」となるまでに広がり受け入れられていったのは、キャロルの解説が非常にわかりやすく、専門用語もかみ砕いて説明してあり、読者が飽きずに知的関心を持ち続けられるようにユーモアも交えているからだろう。そして何よりも読者に訴えかけてくるのは、哲学者キャロル自身が、あらゆる項目について一貫して真摯に調査し、考え抜いて執筆している姿勢である。
キャロルの英語版オリジナル・サイトには、十四カ国(アイスランド語、イタリア語、オランダ語、ギリシャ語、スウェーデン語、スペイン語、スロバキア語、朝鮮語、ドイツ語、日本語、ハンガリー語、フランス語、ポルトガル語、ロシア語)の翻訳サイトも存在するため、これら世界中のサイトを合わせたコンテンツのアクセス数は、前記の月間百五十万件をはるかに超える膨大なものである。
もちろん、その閲覧者は必ずしも懐疑論者ばかりでなく、オカルト信奉者もいれば、通りすがりに辞書的に情報を得ていくだけの利用者もいることだろう。哲学的に、自分とは何かを考えたり、どうすれば論理的に考えることができるのか、科学は世界をどのように変えたのか、といった疑問を解決するために訪れた閲覧者もいるかもしれない。ともかく、アクセスする大多数の人々に共通するのは、「何か」を信じるべきか否か迷っているうちに、サイトに辿りついたということではないだろうか。
この「何か」は、人々が人生の節目で迷ったとき、心の隙間に近づいてくる。それはたとえば、現在の交際相手と結婚すべきか否かを教えてくれる占い師や、難病を簡単に癒してくれるという民間療法、または死後の世界を保証する全知全能の神かもしれない。このような「何か」を本当に信じてよいのか否か迷っている人々にとって、キャロルのサイトは、理性的かつ効果的な「救い」となっているのである。
そのキャロルのサイトのコンテンツを網羅したのが、本書である。読者がさまざまな「何か」を信じるべきか否か、読者自身の力で考えて決断を下すための出発点として、真に理性的かつ効果的なヒントを与えてくれるに違いない。
本書の日本語版刊行は長く望まれてきたが、このたび、ようやく翻訳が完成した。翻訳担当者の多大な努力により、基本的にわかりやすい日本語の文章となっている。さらに本書では、その広範な事典的特徴を考慮して、われわれ日本語版編集委員が全項目を専門別に分担して、訳語が適切であるか、内容説明は妥当か、原文記述にも専門的な問題はないかという観点から査読を行なった。
われわれとしては最善を尽くしたつもりだが、本書の記述は、紀元前の哲学から最先端の科学にいたるあらゆる分野におよぶため、思わぬ解釈の誤解や誤字脱字などの可能性もまったくないとは言えない。もし読者にお気付きの点があれば、ぜひご指摘いただきたいと思う。本書もキャロルのサイトと同じように、版を重ねてバージョンアップできれば幸甚である。
日本語版編集委員一同
おない内科クリニック院長 小内亨(医学)
信州大学人文学部准教授 菊池聡(心理学)
大阪大学サイバーメディアセンター教授 菊池誠(物理学)
國學院大學文学部教授 高橋昌一郎(論理学・哲学)
科学ジャーナリスト 皆神龍太郎(科学論)
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